幼い頃、間切は泣かない子供だった。大して年の変わらない重や網問は、よく夜中に怖い夢を見たと言ってびーびー泣き喚いていたものだったが、間切はたとえどんなことがあろうとも、決して人前で涙を流さなかった。 もともと気丈な性格だったのと、そういう感情を表に出すことに、何処か罪の意識を感じているのではないかと、小さな躰でこれまた小さな弟分達の面倒を必死で見る間切を、舳丸はそうおもったことがある。 間切が水軍に入って間もない頃…彼は喜怒哀楽の、怒以外の感情をすべて失くしていた。 そんな間切が、全身を痣だらけにして水軍館に帰ってきた。間切の手を握って、怯えたような目を作っているのは、水軍内最年少の少年、網問。 「間切…どーしたんだ」 兄役である義丸が顔を覗き込むようにして問うた。…が、間切は口を真一文字に引き結んで、黙っているだけだった。猫のような目がいつも以上につり上がり、鋭い眼孔は一瞬怯むものを感じさせる。全身から殺気が漲っているのは、誰の目にも明らかだった。 「あのね、義兄…」 おずおずと遠慮がちに、網問が口を開いた。間切の右手を握る両手が微かに震えている。網問は手を胸の前で握り込んで、「あのね」と言った。 「やめ、網問」 「えっ だってまぎ…」 間切は網問の手をふりほどいて、顔を背けた。その拍子に金色の髪の毛から、ぱらぱらと砂粒が落ちてゆく。ふたりの様子でなんとなく話の筋が見えてしまった義丸は、「とにかく、間切は手当だな」と極力柔らかい声で言った。 「痛ぇだろ」 「や…平気です。こんなん」 「平気ってねぇ、」 義丸の指先が頬の疵に触れて、間切はおもわず身を引いた。 「なに、喧嘩でもしたの」 拗ねたように沈黙を続ける間切に変わって、網問がこくんと頷いた。その大きな瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちていった。間切の舌打ちが、同時に聞こえた。 「…んで泣くんだよ…」 「……っふ…だってぇ…」 何度拭っても止まらない涙の滴が、間切の破れた着物に落ちじわりと染みが広がる。義丸はぽんぽんとふたりの頭を撫でた。 「…ぅ…うぇっ…義兄ィ〜!」 「はいはいはい、泣いて良いから、泣いて良いんだよ網問」 網問は堪えきれず義丸の腰に抱きついた。よろめきながらも義丸は、両手を使って網問の背中をさすってやる。 「……うっ…うっ…うぇ…」 「……。」 網問の嗚咽は止まらず、宥める義丸の声が聞こえたのか、あちこちの部屋から見知った兵庫水軍の仲間達が何事かと顔を出してきた。次第にざわついてくる廊下に、間切は義丸の胸で泣きじゃくる網問の姿をじっと見つめていた。 「おいおいなんだぁ、網問、なにがあった?」 海からあがってきたばかりらしい疾風まで、この奇妙な騒ぎに入ってきた。 この分ではお頭にも情報が伝わって、また余計な心配でもされたら面倒極まりない。 間切は網問と義丸に背を向けると、野次馬達の隙間を縫って自室へと引き返した。 水軍全体に関わることなら、お頭の耳にも当然入れておくべきことなのかもしれない。…がしかし、今日のこれは別に兵庫水軍の運命を左右するとか、そういう大袈裟なものではない。網問が無駄に泣いたりするから、騒ぎが大きく飛び火してしまっただけで。 「こら間切!」 背中に義丸の声が聞こえたが、間切は耳を塞ぎたい想いで自室へと駆け込んでいった。 「間切」 「舳…」 障子戸を開けると、そこにいたのは舳丸だった。 潜りの鍛練に行ってきたところなのだろう、濡れた赤い髪からぽたぽたと滴が滴っていた。 「さっきから外が騒がしいが、なにかあったのか」 「…や。網問が泣いた」 「どうして」 「知んねぇ」 どかりと腰を下ろすと、全身に痺れるような痛みが走った。思わず眉根を顰めると、舳丸も様子に気付いたのか「間切」と名を呼んで近寄ってきた。 「怪我、してるじゃないか」 「……。」 間切は顔を伏せた。長くなった前髪が額にかかる。それを静かに持ち上げて、舳丸はじっと間切の顔を覗き込んだ。 「なんだよ」 「非道ぇぞ、痣が」 手当てしなきゃな、と言う舳丸の手を払いのけて、間切は「いらねぇ」と不躾に吐き捨てた。 「別に…慣れてっし」 唇をぺろりと舐めると、僅かだが血の味がした。 本当に懐かしい、とおもった。かつては毎日のように唇から血を流していたというのに。 「喧嘩か」 真正面に座り、舳丸は静かに問うた。 舳丸はいつでも落ち着いていて、しゃべり方も穏やかだ。だがその鋭い眼光は、一度目を合わせると離せなくなってしまうと間切はおもう。 舳丸の問いに、小さく頷いて答える。このひとには正直になるしかない。このひとにしか、正直になれない。 「…村の、連中と」 「網問も一緒だったんだな?」 再び頷く。 「おれ、網問と一緒にいつもより少し遠くの砂浜で遊んでたんだ。そしたら、近くの村のやつらが来て…おれの、」 言いかけて、間切は言葉を飲み込んだ。 「”おれの”?」 「…おれの、髪の毛…気持ち悪ぃって。」 「……。」 事のいきさつは、こうだ。 今日の昼間、間切は網問を連れて遠くの砂浜に来ていた。村へもほど近いその場所で、ふたりは貝殻を集めたり波と戯れて遊んでいた。まだ水軍に入って間もない網問への、間切の小さな心遣いだった。間切が案外面倒見の良いことは水軍内では認められていて、間切より年下の連中はよく間切に連れられて街や村のほうへも足を伸ばすことがあった。網問は幼いから、それほど遠いところまではいけない。ゆえに水軍館からそれほど離れていない海岸に連れてきたのだった。 そこに村の子供たちが現れて、間切を見ていきなり大騒ぎをしたのだと言う。 あっという間にふたりは数十人もの子供に取り囲まれていて、間切はさんざん罵られた挙げ句、殴られ蹴られ続けたのだそうだ。 「おれの髪が、変だから。」 そう言うと間切は自嘲するような笑みを口元に浮かべた。 「当たり前だよな、こんなの、気味悪がられて当然だっつの」 がりがりと髪の毛を掻く。明かりのない部屋でも、間切の金色の髪の毛はよく目立った。太陽のようだといつだか舳丸は形容したが、間切自身はそれを肯定も否定もしなかった。ただ笑って、舳丸は夕陽みたいだと舳丸の赤い髪の毛に触れて言っただけだった。 「…網問に怪我はねぇから、大丈夫」 薄い障子戸の外ではまだがやがやと人の声が響いている。その声の間を縫って、網問の泣き声が混じって聞こえてきた。 「間切が」…と、何度かその言葉が繰り返し使われていた。 「…網問が泣くから、面倒くせぇことになんじゃねーか」 網問はお頭や幹部の者達にとかく可愛がられている。舌足らずの言葉でどれほど意味が通じるのかわからないが、今更自分が行って説明するのもまた面倒くさいとおもった。 「間切」 不意に、名を呼ばれ。 「ん。」 間切は自分を見つめる双眸を上目遣いに覗いた。ゆらゆらと揺れているように見えるのは、どうしてだろう。 「おまえは泣かないのな」 「……。」 間切の耳に、義丸が言っていた言葉が蘇った。網問の背中をさすりながら、「泣いても良いんだよ」と。 「だって…泣けねぇし」 「痛くないのか」 「そりゃ、痛いけど…」 腕に出来たすり疵をぺろりと舐めた。再び広がる血の味に、ふと顔を顰めた。 「痛いけど…泣けない」 あるのは、怒りだけだ。 舳丸に言ったら、彼はどんな顔をするだろう。 哀れむだろうか。笑うだろうか。それとも――いや、彼のことだからきっと、平然として「そうか」なんて言うのだろう。 「兵庫水軍に迷惑はかけてねぇから、これはおれが勝手にやったことだから」 舳丸は黙って頷いてくれた。 水軍全体に関わることじゃないのはわかりきっていた。 大人は言うだろう。所詮は餓鬼の喧嘩…と。 がしかし舳丸は、目の前でぺろぺろと疵を舐める弟分の怒りを、身に滲みて感じていた。己も昔、同じような喧嘩を何度もしたことがある。原因は矢張り、自身の髪の毛。赤く、とても日本人とはおもえないこの髪のせいで、間切と同じ年の頃には何人もの相手と殴り合いの喧嘩をした。時には半殺しの目に遭わせたことも、あった。そのたびに舳丸は孤立し、そうして…水軍に、入った。 「慣れてっし」 その淋しい呟きすら、かつての己を見ているようで、舳丸は胸の奥がちくりと痛んだ。 「間切!間切!」 夕食後だった。 年端もいかぬ子供らが寝起きする部屋で、網問は目に涙をいっぱいにして間切に抱きついていた。そのうしろには、義丸と鬼蜘蛛丸。まだ若いふたりだが、水軍の中では実力者に数えられる。 ふたりとも昼間十分泣き尽くしたと見えた網問がまた泣き出してしまうのを、穏やかな微笑で見つめていた。 「…あンだよ網問」 「間切、ごめんなさい!」 「だからなにが」 小さくて細い躰を戸惑いながら抱き留めて、間切は息をつく。 非道く疲れている自分に、此処でようやく気が付いた。 「だって…まぎ、いっぱい怪我して…それなのに…あといを逃がしてくれて…」 「うん、よくやった、間切。」 義丸がうんうんと満足そうに頷いた。 「義兄…」 「間切、怪我はいいのか」 「平気です。慣れてますから」 ちくり。 まただ、と、間切たちのやりとりを遠目に眺めていた舳丸はおもった。 また、胸が何かに刺されたように疼いた。 間切の言葉ひとつひとつが、刃のように己の胸を抉るようだった。 「ほんとにごめんなさい!あとい、強くなるから!まぎを守れるくらい強くなるから!」 「別になんなくていいし。つーかもういいから離れろ。暑苦しい」 「間切、そう邪険にするなよ」 鬼蜘蛛丸が苦笑した。が、間切の疲労している様子を案じたのか網問を抱き上げると間切から引き離してくれた。 「蜘蛛兄!」 「網問もいまに強くなるから、慌てるな。今度柔術を教えてやるからな」 「ほんと?!」 「ああ、約束する」 やったぁとさっきまでの泣き顔は何処へやら、網問は一気に明るい笑顔を作って言った。 「とにかく今日はもう寝ろ。お頭にはうまいこと言ってやるから」 「はぁ…すみません」 「じゃな、とっとと寝ちまえよ」 鬼蜘蛛丸が義丸を連れ立って部屋を出て行く。障子戸が閉められると、間切ははぁと大きなため息をついた。 「まぎ…?」 すぐに網問が反応して、傍ににじり寄った。引き離しても、必ず網問は間切の傍に居る。小鳥のように、初めて逢った人間である間切には、特別な懐き方をしているらしい。 「どーしたの?どっか痛いの?」 「ん。なんでもねぇし。おれ、もう寝るわ」 「あといも寝る!まぎ、一緒寝よ?」 「却下。自分の布団で寝ろ」 「えー!」 間切と網問の会話に、舳丸はくすりと笑みを零した。「舳兄ィ」と目ざとく見つけたのは、先刻から何が起こっているのかまったく知らされていない重だった。重は夕餉近くまで素潜りの鍛練を行っていて、夕方の騒ぎに気付かなかったのだ。 「なに笑ってんの」 「いや…」 「っていうか、みんなどしたの?ねぇ、舳兄ィ、何があったのさ」 「ん。」 舳丸はしつこく食い下がってくる重を適当にあしらって、自分の布団を敷き始めた。 目の前ではまだ一緒に寝るだの寝ないだのとの口論が続いていて。 (よかった) ほっと安心している自分が居ることに、自身で驚いたりもした。 安心している。なにに? 間切が元気そうなことに。だろうか。 「ねぇねぇ舳兄ー」 「うるさい。さっさと寝ちまえ」 「非道いっ そんなに言わなくていいじゃん!」 重は大袈裟に仰け反ると、傍に居た網問の首に抱きついた。 「舳兄ィがあんなこと言ったー!網問、今日はいっしょ寝よー?」 「ね、まぎも非道いよね、みんな非道いよね。」 「うるさいおまえら。早く寝ろ!」 間切が苛立ちを隠せない声でそう言うと、ひどーとふたりではもらせて、一緒の布団に潜り込んだ。もごもごと何か言うのが聞こえたが、それもすぐに寝息に変わる。 「間切、」 声のしたほうを見ると、舳丸が火を消すところだった。 「おまえも寝ろ」 「…わかってる」 適当に敷いた薄い布団を頭から被ると、視界から光が消え。 先ほどまでのうるささが嘘のような、重たい沈黙が部屋を包んだ。 暗がりのなか、舳丸はなかなか寝付けずにいた。 弟分達に寝ろ寝ろと言っておきながら、自分の目は時が経つほどに余計冴えてきてしまう。両腕を頭のうしろで組んで、暗い天井を見つめる。 思い返すのは、間切のことばかりだとおもった。 慣れてる、と言ったときの諦めような表情。疵を舐めることで癒そうとする姿。網問との会話。何気ないものだとわかっていても、舳丸は思い出すたびに胸の苦しさを覚え。 目を開けながら、何度も大きく息を整えた。 この苦しさは、何だろう。 間切は己の過去を語らない。語っても仕方ないとおもっているからだろう。かく言う自分も、水軍に入ってからは余計なことは言わぬようにしている。無駄な気遣いを受けたくなかったからだ。 (間切は) あまり笑わない子供だとおもった。そして、泣かない子供だと。 いつも眉根に皺を寄せ。怒りの感情だけが豊かで、網問や重と遊んでいるときも、不意にひとりで居る様子を、舳丸は何度も見てきていた。 (解らない) きっと自分なぞに理解の出来ない想いを抱えて生きているのだろう。舳丸はそう考えていた。言っても仕方がない、と。 「……っ」 何度目かの寝返りを打ったときだった。 押し殺したような嗚咽が、舳丸の耳に入った。 重か誰かの欠伸かとおもったが、ついで聞こえてきたものは明らかな泣き声だった。 (泣いている…) 誰が。 と考えるより早く、舳丸は間切の眠っている布団のほうへ顔を持ち上げていた。 丸く盛り上がった布団が、微かに震えているのが、見えた。 「間切。」 「…っぅ」 網問たちを起こさぬよう留意して声をかけると、びくりと布団が動いた。 矢張り、そうだ。 「間切。」 もう一度名を呼んでみる。 が、間切は声を殺しているだけで一向に顔をあげようとはしない。 気が付くと、舳丸は躰を起こし、間切の枕上に座っていた。 「間切…泣いているのか」 「…ぅっ…」 そっと手を布団に置くと、小さな啜り泣きが洩れ聞こえた。 振動するのは間切の躰が震えているから。 「…みよっ…?」 顔を隠していた布団をゆっくりと下げ、見えた間切の顔は、涙で濡れていた。敷き布団に必死に押しつけていたのだろうが、舳丸の姿を認めた途端再び涙は溢れ出てきて、間切の頬を伝ってゆく。 「……っふ」 拳で乱暴に拭う。しかし涙は止まらない。抑えた声で洩れる嗚咽は、舳丸の先刻まで思考を占めていた奇妙な胸苦しさをことにかき立てた。 「…おれ…っ 泣けないって、おもってたの、に…」 舳丸は静かに間切の髪を撫でた。さらりと流れる髪の毛は、子供特有にやわらかく。 僅かだが、陽の匂いがした。 「みよ…誰にも言わないで…」 「……。」 涙で潤んだ瞳が懇願している。こんな情けない姿、誰にも知られたくないのだろう。 舳丸は小さく頷いた。そして間切の髪を梳く手を止めぬまま、 「一緒に寝るか?」 問うた。 「――?!」 間切の目が見開かれたのがわかる。暗闇でも、間切の目はきらきらと光る。 その目が、驚いたように。 「舳…」 舳丸も自分の言葉に驚いていた。 よもやこの年で添い寝をする羽目になるとは。 だがそんな羞恥心なぞすでにどうでもよかった。ただ間切がひとりで泣いているのだけは、許せないとおもった。 「おいで」 手首を掴んで、半ば強引に自分の布団に連れて行く。 (細い…) 思っていたよりずっと細い手首。そう言えば、間切の躰に触れたことなど、一体いままでどれほどあっただろうか。 「舳…狭くねぇ?」 「ん、大丈夫だ」 間切ひとりが入る分を空けてやると、間切は案外素直に従った。布団を首までかけ、右手をまた髪に触れた。 ん、と間切の声が漏れて。 「間切」 名を呼ぶと、もう駄目だった。 間切の目から、再び大粒の涙がこぼれ落ちて、布団を濡らしていく。 舳丸の躰に抱きついて、間切は泣いた。 声を殺し、しかし舳丸に縋る手は決して緩めずに。ひたすらに涙を落とした。 舳丸は黙って間切の小さな躰を抱き留めてやることしかできなかった。 震える細い肩。薄い背中。これにどれほどの痛みを背負っているのか、舳丸には到底わからないことやもしれぬ。しかし、とおもう。 縋ってくれる分には、いくらでも縋らせてやりたいと、舳丸は間切の髪の毛に顔を近づけて願った。 理解して欲しいなんておもっちゃいないと間切は言った。 その通りだとおもう。間切は自分の過去を語らない。それは理解を求めているわけではないからなのだ。理解とは同情と直結する。 間切の欲していたものが何だったのか、舳丸は此処でようやく解った気がした。 太陽に輝く金色。 躰中に出来たたくさんの疵痕。 間切は砂浜に腰を下ろして、また新しく作ってしまった腕の疵をまんじりともせず眺めていた。 遠い水平線で、時々水しぶきがあがるのはきっと重と網問が泳いでいるせいだ。 疵と、水しぶきを交互に見やりながら、間切はその疵はぺろりと舐めた。既にかさぶたになってしまっているから、無論血の味はしない。 わずかにしょっぱいのは、塩が染みこんだからだろう。 「暇そうだな」 不意に頭上から声がした。 「あんたに言われたくねぇ」 見上げると、ちょうど太陽の登っている位置に舳丸の頭があった。 赤い髪の毛がきらきらと輝く。 「飽きないか」 「別に」 舳丸は間切の隣に腰を下ろす。 ふたりに気付いたらしい重が手を振っていた。舳丸は軽く片手をあげて返したが、すぐに下ろした。そして間切の腕をつかんだ。 ぎょっとして舳丸を見ると、舳丸はまじまじとその疵を見つめ、ふっと笑みを洩らした。 「な。んだよ…」 「いや…また疵作りやがって、おまえは」 「海賊稼業なんざ、疵作ってなんぼだろ」 掴まれた腕から、舳丸の体温が伝わってきて。次第に顔が熱くなるのが解った。 「離せよ」 無理に引き離すと、同様が舳丸に伝わったようで尚更恥ずかしかった。 間切はあーっと呻いて頭を掻く。その横で、舳丸は口元を弓形に曲げて微笑んでいた。 「間切」 舳丸は空を見上げながら、言った。 「昔な、一度だけおれと一緒に寝たことがあったろ」 「……。」 一体いつの話だ、と言おうとした間切を遮り、舳丸は、 「さっき思い出した」 「ふーん」 「なぁ間切」 舳丸の鋭い目が、悪戯っこのように笑んでいる。 「また一緒に寝てやろうか」 「ばっ…なんであんたはそーいう…!」 「冗談だ。莫迦」 舳丸は狼狽する間切の髪の毛をくしゃくしゃと撫でると、勢いをつけて立ち上がった。 「…あんたにゃ適わねぇよ」 「同じ事、重にも言われたよ」 舳丸は口元だけで笑うと、館へと踵を返した。 気配がなくなるまで、間切は黙って海を眺めているしかなかった。 舳丸の言った言葉を頭で反芻させ、そう言えばそんなこともあったようななかったような、しかし思い出すと恥ずかしさで死にそうになるとおもい、間切は耳まで赤くなった顔を隠すため、網問たちの居る海へと駆けていった。 金色の髪の毛は、太陽と同じ色をしていた。 [ end ] titled by hazy |