急の仕事が入った。 ある晴れた空のした、兵太夫はそう告げた。 忍たま長屋の庭で洗濯をしていた三治郎は、自分を見下ろすその人物を眩しそうに仰ぎ見た。頬にはねた水滴をつけている。 「珍しいな、兵太が訓練実習なんて」 「うん」 再び洗い物に視線を戻した三治郎の隣に腰を下ろすと、兵太夫は低く呟いた。 上級生ともなると、学園の外からも任務の依頼がやってくることがある。それは非道く簡単なものから、要人暗殺まで幅広い。教師たちは教育の一環として、その仕事を生徒に任せていた。 六年になった兵太夫が依頼されるというのは、今回が二度目だった。 「ちょっと、なんか言うことないの?」 「んー?」 三治郎は穏やかな表情のまま、洗濯する手を休めない。 うんざりした様子で兵太夫はため息をついた。 淡白なのは承知の助。だけれども、大事な任務の旅立ちに、なにかしらの言葉をかけてもらいたかった。 「いいの?わたし、怪我するかもしれないよ」 「そうだね」 「もしかしたら捕まるかも」 「そしたらは組全員で助けに行くよ」 「そーいう問題じゃないって・・・」 盛大なため息をつき、視線を三治郎から離す。 その姿がおかしかったのか、三治郎はくすくす笑った。 「死んじゃうかも」 にわかに三治郎の手の動きが止まる。 そして不意に兵太夫へと顔を向けた。 「それは、困る」 これまでの実習で、兵太夫は何度も殺されかけた。殺しかけもした。 生疵を作る量は、は組でズバ抜けていた。 少し前に、三治郎と切り結んだ折、負けたことが相当こたえたのだろうとおもう。 そのことは誰にも言っていないが、始終一緒にいる三治郎が、気付かないわけなかった。 「兵太が死んだら、すごく困る」 怪我したって、つかまったって。 きっとそれでも自分は怒るだろうし、すぐに兵太夫のもとにかけつけるだろう。 しかし、死んだら? 自分が助けに行ったところで、もう兵太夫はいない。 「死なないで」 神妙な顔になる三治郎を見て、兵太夫はにっこりと微笑んだ。 「大丈夫。わたしは、戻ってくるから」 必ず、無事に帰ってくるから。 その言葉に安心したのか、また三治郎は手を動かし始めた。 (雰囲気のかけらもないんだからなぁ・・・) うんざりしつつも、その手元をじっと眺める。 もっとこう、いい感じになるとおもってたんだけど。 だけど三治郎はこれ以上なにも言おうとしなかった。 「知ってるから」 ポツリと、呟いた。 「兵太が簡単に死ぬようなヤツじゃないってことくらい」 ああ、そうだな。 だから、死んだら許さないから。 こころのなかで零した言葉は、躰の中に溶け込ませる事にして。 もう口を開くことなく、ただゴシゴシと着物を洗い始めた。 [ end ] [ 2007/03/12 ] |