初めて彼と逢ったのは忍術学園の入学式。
 偶然同室になったことから2人は仲良くなった。
 似ている部分なんて何処にも見あたらないのに、級友達はカラクリという共通点ひとつでどうしてあんなに仲良くしているのか不思議がっていた。

 最初にこの奇妙な感情に気付いたのは兵太夫のほうだった。
 2年生も終わりに近い頃。
 いつものように三治郎と他愛ない話に花を咲かせていた。
 …否、いつものようにではない。
 不意に見せる三治郎の笑顔が、いつもと違う。
 おかしいな、と兵太夫は首を傾げた。しかしおかしいのは自分だとわかったのは、それからしばらくしてから。3年生の進級が決まった春先のことだった。

 あのとき感じた感情が「恋心」だと知ったとき、兵太夫は自分でも戸惑うほど狼狽した。同室の、一番仲の良い、まさかあの子にこんな感情を抱いてしまうとは。級友達には凛としてはきはきとものを言う兵太夫も三治郎にはそれができなかった。どうにもおかしい。これがひとを好きになるってことなんだと。





黄昏泣き







 久しぶりの休日、この前見つけた美味しい団子屋に行こうと三治郎に誘われて、その帰りだった。
 夕陽を背中に受けながら、2人は一言も言葉を発しない。団子屋からいままでの道のりを、ただ黙って歩みを進めるだけで。
 「好きだ」と兵太夫が言ったとき、三治郎は団子を持ったまま目を丸くしていた。それからずいぶん長いこと硬直していたようにおもう。その間兵太夫は、自分の言ったことを心底後悔していた。よもや、こんなところでこんなことを言ってしまうとは。
 三治郎は俯き、一言「なにそれ」と。
 はっとして見ると、三治郎の髪の毛の隙間から覗く耳たぶが、真っ赤になっていた。
 そして三治郎の頬もいままで見たことのないくらいの、赤。
「ごめ、ん」
 尋常じゃない様子の三治郎に、兵太夫は慌てて謝った。謝るしか、この場を取り繕う術がなかった。
 気がつけば陽は暮れかけていて、帰ろうと三治郎が言って、兵太夫は黙って頷いたのだった。



 肩を並べて歩く道。背中は夕陽のせいで熱い。
 三治郎は先刻から黙り通しで、そして兵太夫もまた同じだった。
 こんなことになるなんて、と兵太夫はいたたまれない気持ちになる。
 きっと三治郎は呆れて居るんだろう。もしかしたら何をバカなと嫌いになってしまったかもしれない。涙が出そうになるのを、唇を噛みしめて必死で堪える。ごめんと一応は謝ったが、そのあと三治郎はなにも言わなかった。

「ね、」
 あと少しで学園に着くという、道すがら。
 三治郎が蚊の鳴くような声を発した。
「な、なに?」
「あの、さっきの…どういう意味?」
 怖ず怖ずと上目遣いで見つめられてしまい兵太夫は狼狽する。
 ようやく話してくれたとおもったら何を訊くんだと、普段なら笑い飛ばしているが。
「さっきのって?」
 問いかけが多いなと心の中で苦笑しながら。
「さっきの…好きって。」
「だから、」
 兵太夫は顔が上気するのを感じていた。
 自分の行動を顧みることの恥ずかしさを身をもって実感する。

「その…恋人になりたいっていう、こと」
「僕と?」

 他に誰が居るのさと言うと、三治郎はほっこりと笑顔を見せた。はにかんだような、優しい微笑みだった。
 その笑顔に兵太夫はほっと胸をなで下ろす。

「ごめん…、迷惑、だよ、ね?」
 口が渇いて、掠れた声が出てしまった。
 今度は兵太夫が俯いて、ぼそりと言った。
 しかし三治郎は首を振り、
「ううん」
「えっ」
 驚いて三治郎を見ると、頬を赤く染めたまま恥ずかしそうに笑っていた。

「ありがとう」
 嬉しいよ、と言った。
「ごめん…なんか、びっくりして…。いきなりなんだもん、兵ちゃん」
「えっ…と、じゃあ、三治郎はいいの?迷惑じゃない?」
 どもりながら言うと三治郎はぶんぶんと首を振った。

「そんなんじゃない、嬉しいよ。僕も兵ちゃんのこと、好きだ」
「…っ」

 目を見開いて三治郎を見る。
 夕焼け色に染まった笑顔が、そこにはあった。



 そっと伝わってくるぬくもりが、三治郎のものだと知ったとき。
 兵太夫は胸の高鳴るのを覚えた。
 指先に触れる三治郎の、細く小さい指は握ってしまえば壊れそうで危なっかしい。
 2人は指先だけで手を繋ぎながら、残りの学園までの道のりを、もっと長ければいいのにねと笑いながら歩んでいった。






[ end ]






[ 2007/06/16 ]