さあっと差しこまれた光がかなしいくらい綺麗だった。ちりちりする、と言うと、タカ丸さんは、何が?、と言った。数分前より少し明るくなった部屋に夕日が浸みて、タカ丸さんの笑顔を明るく照らした。TVでは俺の好きな邦画が流れていて、空気は俺達の吸った煙草によって濁っている。そのくらいの濁りが、俺には調度よいと思った。
「何だか……、目蓋が」
「目蓋がちりちりするの?」
 ベッドに胡坐を掻いている俺に、タカ丸さんは手を伸ばす。パイプベッドの段差は40cmくらいか。俺の目線はタカ丸さんの後頭部にぶつかる。
「花粉症かな」
「もうそんな時期ですか」
「そうだね、3月も終わりだしね」
 今まで無縁だったのに。そう唇を尖らすと、タカ丸さんは立ちあがってベッドに腰を下ろした。たった今、スナイパーの男女が男を射殺した。「あ」、と口を開いたところを彼に掠め取られて、視界に膨らんだタカ丸さんの綺麗な顔を見つめた。
「花粉症じゃないと思いますよ」
 男が贋札を作っているシーン、随分古い映画だから今では通用しない手口。でもやってみる価値はあるかもしれない。やらないけれど。
「じゃあ、何?」
「さぁ……、」
 そして俺はタカ丸さんの頬を掌で包み、今度はこちらからキスをした。薄くて、冷たい唇を舐めて吸うと、タカ丸さんは、くっ、と笑った。笑顔が可愛い男だ。
 満ちてゆく夕闇が世界に滲みこむ。俺達は夜に墜落する。朝が来なければいいのにと、一度だけ泣いた夜があった。けれど、タカ丸さんがかなしそうに笑うものだから、俺は、ごめんなさい、と言ってキスをした。
「たばこ、」
「ん?」
「煙草が吸いたいです」
 タカ丸さんの腕の隙間から手を伸ばし、ローテーブルに置いていた、彼の煙草を掴んだ。
「俺の、軽いよ」
「いいです別に」
「じゃあ、俺綾部の吸う」
「どうぞ」
 それで、俺達は一本だけ煙草を吸った。
 金色の光が薄まる中で、煙がちろちろと震える。俺は灰皿に灰を落として、「寒いです」、と言った。震えているのは煙だけではなく、きっと、俺の声もだ。
「じゃあ、墜ちよう」
 指から煙草を抜いて、タカ丸さんは灰皿で二人分の煙草を揉み消した。そして俺をその長く細い腕で抱きしめると、二人一緒に墜落した。



[ 2010/03/29 ]