何かをすればきっと報いはあるだろうと信じていた。それは神様を信仰するのとたぶん同じことで、おれにとって“報われる”という言葉は、それ自体が神様だった。 「ご協力ありがとうございました」 黄色いパーカを羽織った年増の女が持っていた箱に10円玉を放りこむと、女はそう言っておれに頭を下げた。いえいえ頑張ってください、なんて言ってこっちも頭を下げて、バッグに財布を仕舞いながら待ち合わせ場所にしてあるところに戻る。そこに、間切の姿を認めておれは右手を上げた。 「マギー」 間切はぼさぼさの金髪にスウェットといういでたちで、ポケットに手を突っ込んで立っていた。あからさま過ぎるほど彼の姿はヤンキーだ。彼自身はそれを断じて否定するけれど(俺はシド・ヴィシャスじゃねえ!とか言って。残念なことにおれはシド・ヴィシャスを知らない)。 「此処で待ってろっつったろ」 「ごめん、募金してた」 「募金?」 あれ、とおれはさっきまでおれのいた場所を指さす。 黄色いパーカを着た集団が、「恵まれない子供達に愛の手を!」と叫んで、通行人に募金を求めている。 傍から見ていると非道く滑稽な光景だ。というより、何処か痛々しいのは否めない。 「お前、また募金なんかしたのかよ」 間切は心底呆れたようにため息をつく。 「何、善意のつもりなわけ?」 「別にぃ」 「偽善者」 「うっさい」 いいから、いこ、とおれは間切の手首を掴んで駅を出た。暑苦しいから掴むなと怒られたけれど、おれは間切から手を離さない。募金集団を通過して、目的地へと続く大通りを大股で歩く。 おれはこれから間切とデートなのだ。 「てかさ、デートにその恰好どうよ?」 もちろん、間切のスウェット姿についてだ。 「何がデートだ。てめーの買い物に付き合ってやってるだけだろ」 「デートだもん。デートデート!」 実際、おれは本屋さんに数学の参考書を買いに行くだけで、間切にはそれについてきて、としかメールで書いていない。しかし、こんなによく晴れたいいお日和に、間切と一緒に街を歩けるなんてとても素敵なことに思えて、おれは少々テンションが上がっていた。 いつの間にか振り解かれていた手が虚しく空を切ったけれど、おれは空を見上げていい天気だねーと言う。 「暑い」 「だろうねえ」 間切を振り返ると、腕まくりをしていた。灰色のスウェット。ヤンキーの制服。本当を言うと、彼にその服はよく似合っていた。 紺碧の空は雲が浮かんでいない。行き交う人々がじろじろと間切を横目で見やる。 「…おれさー」 このひととの沈黙は痛くて好きじゃない。おれは歩きながら、背中についてくる間切に聞こえるくらいの声で話しだした。 「おれには何かが憑いてて、それに見合う何かをすれば、絶対に報われるってずっと思ってて、」 「…意味不明」 「うん、知ってる」 おれは日本語がおかしい。それはきっと生まれ育った境遇とか、そういうのが関係しているのだろうと思う。 16歳になっても、おれの頭はフリースクールでは中学1年生レヴェルだ。 「で、聞いて。あのね、おれ、募金とか、するじゃんさ」 「好きなんだろ?偽善のお裾分け」 「違う。偽善じゃない」 間切は誤解している。そこが、少しだけ哀しい。 「たぶんだけど…偽善とかではなかって。わかんないけど、おれは、ただ、祈ってるんだと思う」 立ち止まり間切を振り返って、真っ直ぐにその瞳を見つめた。 「意味解らん」 「うん、知ってる」 「祈ってどうすんだよ」 「それも、知ってる」 哀しいくらい、本当に泣けてくるくらい、わかっている。 自分の非力さ、無力さ、無知さ。 16歳なのに高校にも通っていなくて、毎日教師に付きっきりで勉強を教えてもらわなければ何も理解することができない。 それでも、おれは祈る。 「祈ってるんだ、ずっと。」 祈っていたいんだ、きっと。 「世界が少しでも痛くなくなりますようにって」 今の世界は、あまりにも、痛い。 間切には、きっと解らないかもしれない。 間切はしかし、しばらく黙ってから、おれの額を指で小突いた。 「…スゲー生意気」 「……知ってる」 残念ながら、それも、知っている。 間切はおれを通り過ぎて、ひとりでずんずんと歩みを進めていってしまう。 その背中は痩せぎすなのに大きくて広く、逞しい。 おれは初夏の香りを思いっきり吸い込んで、アスファルトを蹴った。 [ 2009/05/25 ] |