小惑星が地球を掠めていた、というニュースがTVのニュース番組で流れていた。
 毎朝観ているニュース番組で、観慣れた女子アナが評論家らしき前頭部の禿げた男と並んで座っている。
 女子アナは「速報です」と告げたあと、「14日未明、オーストラリアの天文学者が直径30〜50メートルの小惑星が地球に最接近したと発表しました。これについて、教授、どう思われますか?」禿げ頭の男に訊ねた。「そうですね、この規模の小惑星がもし万々が一地球に衝突していれば、都市のひとつは壊滅するところでしたでしょうね」。
 アタシはママがカップに淹れてくれたコーヒーを両手で覆うように持って、ふたりのやりとりを眺めていた。
 そして、くだらない、とぼそっと呟いた。
 結果的に何事も無かったんだから、報道する事無いじゃない。
「ユキ、ごはん食べなさい」
「いらなーい」
 アタシはコーヒーを飲み干すと、カップをキッチンの流し場に置いて、眉根に皺を寄せているママを無視して鞄を掴んだ。
「行ってきまあす」
 今はダイエット中だから、朝はコーヒーだけなのだ。
 無論、体に悪い事はよく知っている。しかし、食べようとテーブルにつくと吐き気が襲ってきてとても食べられたものじゃないのだ。中学2年から始めたダイエットは3年生に進級した今でも、じりじりとアタシの体を削っていっている。
 通学路を歩きながら、アタシは、小惑星より地球が終わってしまうより、自分のダイエットのほうが何倍も重要よね、と思った。
 幼馴染のトモミにはさんざん心配されているが、アタシはダイエットをやめようなんて思わない。
 全然痩せた気がしないのだ。
 朝はコーヒーだけ、昼は飲むヨーグルト、夜は何も食べないというサイクルを続けていても、体重は40kg台から30kg台を行ったり来たりしている。
 全然駄目。もっと痩せなきゃ。
 信号が赤の横断歩道で足を止める。
 その時だった。
「ユキ」
 背後に声をかけられて、アタシは振り返る。聞き覚えのある声だ。
「トモミ、」
 艶やかな黒髪をひとつに結わえ、すっと鼻筋の通った端正な顔。
 トモミは薄い笑みを浮かべて立っていた。そして、「おはよう」と言う。
「おはよ」
 アタシも返事をする。
 トモミとは毎朝この時間に此処で出会う。いつの間にか不文律になっている習慣だ。
「今日も綺麗ね、トモミ」
「そうかしら」
 袖から見えるトモミの白く細い手首を眺め、アタシはため息をつく。
 この子は、本当に美しい。
「ユキ、あんたまた痩せた?」
 どきり、とした。しかし、アタシは「何言ってるのよ」と笑う。
「それって厭味に聞こえるわよ」
「冗談じゃないわよ」
 ちょうど信号が青に変わった。並んで歩くと、トモミのほうが若干背が高い。足がすらりと長いのだ。
「今朝ね、面白いニュースを観たわ」
「何?」
 トモミは少しだけ首を傾げた。
「小惑星が地球に衝突しかけたんですって。どっかの国の天文学者が発表したそうよ」
「ふうん」
 くだらないわね、とトモミは言った。
 ぶつからなかったんだから、報道する必要無いじゃない。
 アタシとまったく同じ事を言うトモミに、アタシは、ふふ、と笑った。
「トモミ、あんた、やっぱりアタシの親友よ」
 するとトモミは、当たり前じゃない、と澄ました顔で、言った。
 ダイエットが成功しないのなら、地球が終わろうが構やしないわ。
 中学校の正門前で、教師達が生徒の頭髪やらスカート丈やらを検査しているのが見えた。




き ら き ら ひ か る



[ 2009/03/06 ]