鼻先を擽る煙の香りが彼女の煙草であると脳みそが認識した。薄目を開けてみると案の定、アイラは下着も着けずにベッドサイドに腰かけ、煙草を吸っていた。いつもの、光景。
「……お前そのポーズ、ふつー男がするもんじゃねえの」
「そういう法律でもあるわけ?」
 出た。お得意の屁理屈。俺は、ないけど、と言って、もう青さが目立つ部屋で煙草を吸うアイラの身体を眺めた。
 視界がはっきりしてくるとわかるラインはとても美しく、ああ、女だ、と理解する。
 昼間、特徴的なハスキィっぽい声であいつと怒鳴り合う彼女を見たばかりであったため、余計にアイラが“女”であるという意識が顔を出すのだ。
 俺は黙ってその細い腰に腕を伸ばし、引き寄せようとする。彼女はしかし動かない。
「アイラ」
「……なに」
「怒ってんのか?」
「なにが」
 俺を一瞥したその瞳が微かに震えて、俺は思わず笑ってしまう。
「何?」
「いや、」
 アイラはデスクの上の灰皿で煙草を揉み消し、倒れるようにベッドに転がる。一瞬だけ舞いあがる彼女と、彼女の煙の匂い。甘い香り。アイラはいつも、花のいい匂いがする。
「ねえ、殺してほしい?」
 そう言ったアイラを俺は抱き寄せた。柔らかく温かいこの身体に触れると安心する。彼女が“死ぬために”生きているわけではない事を、確認できる。
「ねえ、レン、」
「どうしていつもお前さんはそうなのかね」
「イヤなの?」
「どうかな」
 ふっ、と微笑んだ彼女は、俺の鎖骨にキスを落とす。
「もし明日、世界が終わるのなら、あんたは私が殺してやるよ」
 いつ壊れるかわからない世界で、その片隅で、小さくなって愛し合い、夜を乗り越えるんだ。
「ああ、楽しみだ」
 彼女の放つ“明日”の重さを、キスと一緒に飲みこんだ。



(わかなちぬ花/20091210/あの小さな島を想いながら。)