消えてゆく命をこの目で見た。
 その春の日、私は声をあげて泣いた。
 まだ陽は空高く、無愛想な病院の壁、白いシーツ、パイプベッド。

 消えてゆく命をこの目で見た。
 こうして人はいなくなるのだと思った。
 無力さを感じた。
 そのうち私は大人になり、
 人を殺すためだった掌に深い疵を。
 自力で金を稼ぐ術を覚え、
 ひとりで生きてゆく心細さに慣れたつもりで、
 死にたくないと心から叫んだ。
 声にならない声で叫んで泣いた。
 隣にいてくれる誰かを、
 この腕を掴んでくれる誰かを、
 求めて泣いた。

 あの冬の日に空を切った右手はまだ冷たいままで、
 時間と、命と、死とを握りしめ、今日もまた、
 思いあがった生を重ねる。


(煙草/20091204/あの人へ。)